◯◯◯な人ほど、都合の良い時だけ自分の人生を尊重する。
銀座の伊東屋でペン立てとハサミを書いました。
ちょっとおしゃれになった気分で楽しいです。あらたです。
今日は、「こういう人いるよね〜」ってあるあるを、話そうかなって思います。
タイトルの◯◯◯は、
「無責任」です。
無責任な人ほど、都合の良い時だけ自分の人生を尊重する。
結論から言うと、軸を持てって話なんですよね。
何を、いつ、優先するか。
そんなのは人によって優先すべき価値観も違えば、誰も文句は言えないモノだと思う。
だけれども、自分が何かを優先することを、「自分が優先しようと思ったことだから」と周りの人間の意見を聞かず、及ぼされる影響まで考えずに押し付けることはよくないんじゃないかなぁと。
例えば何か大事な会議に出れないだとか、仕事ができないだとか。
組織に入ってる場合は、「なんで会議出れないの?」とか、「あの仕事なんで終わらせてないの?」と、指摘されたり怒られたりすることもあるでしょう。
会議よりもっと大事な用事があるかもしれないし、それを優先した結果仕事ができなかったかもしれない。
しょうがないことかもしれない。
相手がその理由を納得できていれば、しょうがないってなるかもしれない。
でもそういう時に限って「自分の人生なんだから何を優先するかは自分で決めて良いでしょ」って、責められた本人は言っちゃう。
んん???
それはないよね。
あなたがそれを優先させた時の、組織が受けるデメリットまで考えた?
どんな影響があるか、考えた?
それも全て、「自分の人生」だから文句言うな?
それは違うんじゃないかな。
だったら組織に入るんじゃない。
その組織に存在することに責任を持てないなら、今すぐやめたほうが良い。
少なくともその組織はあなたを仲間だと思っているし、チームとして頑張りたいと思っているはずだ。
その思いすらも気にせず選択するならば、そんな人は組織にはいらない。
何を優先するかには文句は言わないし、言えないけども、そのあとの責任くらいはしっかりと取りましょうや。
僕の周りには大学を辞める人が多い。
まぁ良いと思う。
それが人生のゴールに向かっての最速なのだとしたら。
でも、さっき同じ。
あなたがそれを優先させた時の、デメリットまで考えた?
どんな影響があるか、考えた?
少なくとも親があなたを大学に行かせるまでにかかったお金や労力には、見合った決断をしてる?
幼稚園、小学校、中学校、高校、部活やったり、習い事やったり、欲しいもの買ってもらったり、好きなもの食べさせてもらったり。
こんなに思ってくれている人がいるのに、大学辞める時に「俺の人生だから」とか言っちゃってない?
そんなかっこ悪いことはしないでおこう。
あなたの人生は、あなた1人で歩んできたわけではなく、あなた1人でこれからも歩んでいくわけではない。
あなたの選択で喜ぶ人もいれば、悲しむ人も出てくるだろう。
あなたの選択を真似する人も出てくる。
極端に、この世界は1人では生きられない。
そこまで考えて、自分の行動に責任を持てるようにしたほうが良い。
君に伝えたい言葉だよ、昨日までの僕。
言い訳ではなく提案を。
ここ最近、加賀の棒ほうじ茶ばかり飲んでます。あらたです。
友達がブログを始めました。
この豚丼はマジでうまかった。
軽く記事のネタバレになってるけどごめんね。
大学3年も終わりに近づき、周りが就活を始めました。
しっかりとインターンやっている人もいれば、少し怠けている人もいるみたいで。
すごいなぁと。
1年生から知ってる人とかが就活はじめて髪型変えて、「ここの企業は…」とか言ってると目が丸くなってしまう。
そんな中感じるのは、「ああ、僕らはまだ大学生なんだな」と言うこと。
社会人と学生の違い。
いくつもあると思いますが、その中でも大きいのが「失敗した時の対応」だと思います。
これは自分のインターン先だったり、昔入ってた学生団体だったりとかで無限に経験しました。
僕らはまだ、「与えられたもの」の中で生きてます。
そして死ぬほど甘やかされて生きている。
授業の欠席も5回までOKのところが多いし、遅刻に関しては3回で欠席1回分。
寝坊しても、「あー寝坊したー。まぁいいかー。」で終わり。
そういう人に限って、
社会に出れば大丈夫。
と口を揃えて言います。
果たしてそうだろうか?
誰でも失敗はすると思います。
寝坊したり、提出遅れ、連絡ミスなど。
そんな様々な失敗の中で、今してる失敗は主に「自分ひとりに影響のある失敗」が多いと思います。
レポート出さなくても困るのは自分、授業に遅刻しても困るのは自分。
でも社会に出たら?
会社という組織の中のひとりとして、どれだけの影響が出るか。
それが会社のブランディングにつながり、売り上げにつながり、大きくなっていきます。
そんな時に失敗したら?
結果は、
社会に出ても大丈夫じゃありませんでした??
学生が終わるのと同時に、消費者から生産者に変わります。
価値を受け取る側から、会社の中で価値を作り出す側に変わります。
必然と責任が生まれ、行動1つ1つが大事になってくる。
さぁここで、「何かを失敗した」あなたはどんな行動をする?
例を出そう。
【A君】
会議に遅れて申し訳ございません。
昨日深夜まで作業をしていて、寝坊しました。
以後気をつけます。
【B君】
申し訳ございません。
今回の件ですが、取引先の方には先ほど謝罪のメールと、時間が足りず話せなかった分の次回会議のスケジュール調整をしておきました。
◯月◯日にアポイントを入れたので、その時に△△の件について話せる時間をとろうと思います。
以後は自分の時間管理と優先順位のつけ方の見直しで改善したいと思います。
宜しくお願いします。
どちらが優秀か?
もう1つ、身近な例を出そう。
【A君】
◯◯:1月25日空いてる??
A君:すまんバイトあって空いてないー!
【B君】
◯◯:1月25日空いてる?
B君:すまんバイトあって空いてないー! 何かあった??
◯◯:この前の件について話そうと思って!
B君:そういうことか! だとしたら、1月26日10時〜15時、1月28日18時〜22時が空いてるよ!
◯◯:お! じゃあ1月28日18時〜19時で話そ!
B君:了解!
たぶん一目瞭然だとは思うが、実際に行動できている人間はそういない。
失敗を失敗として終わらせるか、適切な対処を自分で行い後の成長に繋げれるかどうか。
これが社会人と学生の大きな違いだと思う。
自分の行動が誰に影響するか、どうあるべきか。
自分はまだ学生だしと考えるか、早くから行動の当たり前を変えるか。
選択するのは自分です。
天才であれ。
この前チーズタッカルビを食べました
"いんすたばえ"ですね。
あらたです。
今日は僕の好きな名言について。
未だに少し中二病引きずってる節あるので、かっこいい言葉とか、結構好きです。
いつかは「偉人名言100集」とかに載るくらいの人になってかっこいい言葉残したいです。
「天才であれ」
これは僕の先輩(M井さんと仮定しましょう)がなんかの資料に残してた言葉でした。
「天才であれ」ってどういう意味だと思う?とインターン先の女の子に聞いてみたら、「自信を持てってことですか?」って言ってくれました。違います。
「天才であれ」とは、
努力は他人には見せず行え。飄々とし、結果で示せ。
ということ。
いろんな活動をしていると、それこそいろんな人に出会います。
そんな中で、「この人すげぇ」と思う人と、「この人そうでもねぇ」って思う人の違いって、やっぱり結果が出てるか出てないかだったりするんですよね。
「努力すること」だけに美学を置いている人は、たぶん今後の成長はないのかなって。
あくまで結果を求めて、努力は過程にすぎないと割り切れる人が、「すげぇ」と思える人になりうるのかな。
「長期インターンやってます」とか、確かにやってることはすごいかもだけども、結局は何を目標にしてるのかってことと、その目標は達成できるのかい?ってところ。
昨日オールで勉強したわーって言ってても、単位取れてなければ同じこと。
努力をすることは、素晴らしいことです。
でも、「頑張ることなんて当たり前」という考えを持った時には、一気に見なければいけない世界が変わります。
「努力」をドヤらず、「結果」でドヤりましょう。
天才であれ。
責任の方程式
「今日は暖かいらしい」の一言を信じて上着を着てこなかったので後悔しています。
ちゃんと寒いです。あらたです。
「責任」
みなさんはどういうイメージをお持ちでしょうか。
なんとなく重たく、怖い印象がある人も多いのではないでしょうか。
組織にいたり、働いていたりすると、特に責任の重さを感じることが多いなと感じています。
そんな「責任」という言葉について、少し書こうかなと思います。
相も変わらずYouTubeで乃木坂46の西野七瀬まとめを見てた時に、「責任」に関するある言葉が出てきました。
「責任が大きいってことは、それだけ周りの人間に期待されているということである」
ほえーーーーーーー。
あの可愛さで、当時20歳くらいだったのに、そんな言葉を言えるのかすごい。
やはり人に見られる仕事だからこそ、葛藤や悩みが絶えないのかなと思いました。
責任とは時に人の感情を左右させるものであり、生きてく上で逃げてはいられないものだと思います。
社会に出て会社に入るにしろ、個人で働くにしろ、起業するにしても、そこは変わらないでしょう。
社会に出る前の人でも、自分がいる団体、やっている活動、いる環境によって、大小は様々ですが変わらない。
そんな時に、
責任の重さ=期待の大きさ
って考えは、少し考えをポジティブにしてくれて、気持ちも楽になる方程式だと思います。
全く期待されていない人なんて絶対いません。
少なからず応援してくれている人や、頼りにしてくてれている人はいるはずです。
それは身の回りの人間だったり、もしかしたら会ったことない人かもしれません。
そういう人たちから寄せられている期待に少しでも応えられたら、きっとその相手は喜んでくれると思います。
相手が喜んでくれたら、なんか自分も嬉しいですしね。
もっと頑張ろうってなるかもしれません。
あれ?
「責任」って重いものの話が、いつの間にか「期待」という暖かいものの話に変わってました。
不思議だな。
写真って無限におもしろい。
チョコとからあげ。
コーラと唐揚げ。
コーラとチョコ。
どれが一番組み合わせ悪いと思いますか?
答えは最後に。あらたです。
僕はカメラマンをやっているのですが、やっぱ写真はおもれえなぁと思ったのでそれを少し書きます。
この前カメラマンコミュニティ「EinFoTo」の活動で、知り合いのカップルの写真を撮ったのですが、それがまた面白かった。
写真って動画とかに比べて「ただ撮るだけ」ってイメージがあるかもですが、人を撮る場合、その人の表情とか、カメラマンの趣味嗜好とか、それによって無限に違う色を出したりする。
例えば木の下で撮ったものでも、
こんだけ違う。
持ってるカメラ、その中の設定値、笑顔でも角度によって全然違う。
そしてもっとおもしろいのが、撮る人ではなく見る人によっても好みが分かれる。
番外編でこういうのも撮ってる人がいた。
こういう発想はどこから来るんだ…笑
2枚目は本当にそう思った。
人を撮るときだけではなく、イベントだったり、結婚式だったり、風景でも当たり前に同じことが言える。
撮る人によって、撮られるものによって、見る人によって、全てが変化する。
この楽しさはやればやるほどわかってくるんですよ。
始めたときはわからないことだらけだし、シャッター速度?絞り?なにそれ?って状況が続くけど、撮りまくって撮りまくって、他の人が撮った写真を見まくって見まくって、そしてまた撮る。
それを繰り返すとこだわりとか好みとかがでてきたりする。
もしこれを見てる人がカメラを持ってたら、試してほしいレベルです。
今後もちょくちょく写真の魅力を紹介をしていきます。
少しだけ楽しみにしててください。
最初の問題ですが、一番組み合わせが悪かったのはコーラとチョコです。
まさかの無味になりました。
お試しあれ。
では!
新しいものに触れまくる生活を送りたい。
Suicaを改札に垂直にやったら反応してくれませんでした。友達にいろいろ説明されまして、ちゃんと理解できました。つまりすげえってことですね。あらたです。
今日は僕の好きなことについて。
基本的に僕はかっこいいこととか、おもしろいこととか、人があまりやらないようなことが好きです。
だからこそ、ユーチューバーが大好きなんです。
特に東海オンエアさんとか、すしらーめんりくさんとかが大好き。
東海オンエアさんに関してはサブチャンネルに関してもほぼほぼ網羅してます。
あのメンバー内で楽しそうに別世界を生きてる感じ。
自分の好きなことに自信を持ってるあの感じ。
そして新しいことにチャレンジしまくってるあの感じ。
無限にかっこいいなと思うわけです。
そんな彼らに憧れて一時期はYouTubeに動画をアップロードしていたりしてました。
ポテトチップス10000回振ったり、イヤホンガンガンナイショ話したり、英語禁止大富豪やったり、ペヤング早食いやったり。
あの期間は間違いなく楽しかったです。
そして、間違いなく画像に写ってるメンバーが仲良くなった期間です。
今はアップロードはしていないですが、プライベートユーチューバーみたいなことしてます。
どこにご飯を食べに行くかはじゃんけん、誰が誰の分会計するかはルーレット。
年末には仲良し3人組でルーレットをして、2018年毎日やらなきゃいけないことを決めました。
僕は毎日スクワット30回です。
友達は200文字限定の日記と、東海オンエアメインチャンネル禁止です。
おもしろすぎる。
日々何か新しいことを見つけたいと思ってるし、やりたいと思ってるし、少しでも人生楽しみたいと思いながら過ごしています。
何かおもろいことやりたい人、声かけてください。
なんかやりましょう。
過去にやったことならストックあるのでそれやりましょう。
今日はこんな感じで!
僕は努力が苦手だ。
家系ラーメンに「にんにく」を入れる美味しさを知りました。
「新年だから」と少し気分も上がりチャレンジしてみました。
この時期のサーティーワンは寒いってことも学びました。あらたです。
ブログをtumblrで書いてましたが、なんやかんやではてなブログがいいなぁと思ったので戻しました。
おさわがせしました。
今日はとある団体の代表の人とお話ししてきました。
「とある提案」をしに行ったのですが、やはり考え方がそもそも違い、僕の予想をはるかに超えた展開になっておもしろかったです。自分らの活動のフィードバックもいただけたし、結果良い方向に進みそうだし、今後が楽しみです。
そんな感じで日々活動しているのですが、僕はそもそも
努力が苦手です。
この気持ちわかってくれる人いるかな?と思うのですが、努力が嫌いなわけではありません。
努力している人めっちゃかっこいいなとマジで尊敬しています。
僕が努力が嫌いな理由は、良い結果にならなかった時のショックが大きいからです。
基本的に負けず嫌い。
失敗することが嫌い。
人にバカにされることが嫌い。
下だと思われるのが嫌い。
今まではそんな人間でした。
「本気出せば余裕なんだけどね、出さないだけ。」と意地を張ってました。
昔から器用貧乏である程度のことは努力せずにできてしまっていたというのもあるかもです。
結果はある程度までしかいかないんですけどね。
今日とある団体の代表さんとお話しする時に、僕はなぜか緊張していました。
普段ならありえないんですが、今日だけなぜか緊張してました。
それだけ本気ってことなのかなと思い、帰り道にふと「もっと頑張ろう」と思いました。
努力してみます。
今日はここまで!